冷蔵庫マン
BLACK
作:冷凍石



 「…だピョン。あたしの能力は大体こんなところだピョン。どうだピョン?すごいピョン?」
 快感バニーが目を瞑ったまま、自分の言葉に何度も頷いている。ちょうど説明が終わる直前だったらしい。
 際どいタイミングにホッと胸をなでおろした真由美だったが、子供たちの現状を思い出し、アルカリ溶液に漬けたリトマス試験紙のように顔を青ざめさせた。
 ここから裏口までは建物を迂回しなくてはならないため、見かけ以上に距離がある。振り向いて確認することはできないが、子供たちの足ではまだ行程の半分も進んでいないだろう。
(まだ、脱出の途中なのに…。時間を稼がないと…。)
 焦る真由美を嘲笑うかのように、快感バニーの閉じた瞳がひくひくと動き始める。目蓋が開くのも時間の問題だった。
 暑熱と焦りで眉間に浮かんだ汗がゆっくりと頬を滑り落ち、顎で大きな水滴になる。張り詰めた神経が汗の滴る瞬間を鋭敏に感じ取り、真由美は落ち行く雫を無意識のうちに目で追っていた。水滴が足元で霧散した瞬間、真由美の脳裏に夜空を切り裂く稲妻のような閃きが駆け抜ける。
(そうだ!!話題が尽きたのなら、新たな話題を振れば…。)
 自分の思いつきに満足し、真由美は一度だけ大きく頷いた。冷静に考えれば、何の捻りもない当たり前の発想でしかない。しかし、余裕の無い今の真由美にとっては、天啓以外の何ものでもなかった。
 僅かな時間で言葉を吟味し、これまでの沈黙を破って真由美はバニーに質問する。
「子供たちをどうするつもり?連れ去るだけじゃないんでしょう?」
 唐突な質問に、一瞬だけ真由美に目を向ける快感バニー。その鋭い視線をまともに受けて、真由美は思わず肩をすくめる。しかし、子供たちの確認もせず再び目を閉じたのを見て、小さく安堵の吐息を漏らした。
「いい質問だピョン。あたしたちはただ闇雲に行動しているわけではないピョン。壮大な計画に基づいて行動しているピョン。具体的にいうと、まず基地に連れ帰ったら無理やり酒の味を覚えさせて不良にするんだピョン。犯罪の芽はできるだけ早いうちから育てないと…。」
 快感バニーは再び自分の世界に入り、目を瞑ったまま説明を続ける。取り巻きの戦闘員たちも、相変わらず相槌を打つためにバニーの挙動に集中している。侵入者たちは誰一人として、真由美とその背後の子供たちに注意を払っていなかった。
 独りよがりな説明が続く中、真由美は改めて背後を振り返り、子供たちの様子を祈る気持ちで見詰めていた。
 転んだり喧嘩になったり、小さなトラブルは絶えなかったが、子供たちは真由美の言いつけを守り、ゆっくりながら着実に裏口へと歩みを進めていた。個々の動きはバラバラだが、全体としてひとつにまとまっている。
(みんな、がんばって!!)
 真由美の祈りが通じたのか、たいした混乱もないまま、列の先頭が裏口に到達した。そこからはあっという間で、子供たちの小さな身体が、裏口の向こうへ次々と吸い込まれていく。


「…だピョン。これで世界は永遠の闇に閉ざされるんだピョン。そして…。」
 子供たちの脱出が進む中、何も知らない快感バニーの独演会はまだ続いていた。
(子供たちはもう大丈夫ね。そろそろ私も逃げないと…。)
 真由美が右足を一歩引き、回れ右をしようとしたその時。
 クワワワーン!!
 突然、狭い運動場に釣鐘のような鈍い金属音が響き渡った。予想外の出来事に真由美は血相を変え、音の出所に目を向ける。
 そこでは最後の一人らしい最年長の少年が、裏口の金属扉に躓いて転んでいた。少年はすぐに立ち上がると、ばつが悪そうに周囲を見回し、慌てて外へと出て行った。
「なんだピョン?」
 いい気持ちでしゃべっていた快感バニーが不快そうに目を開き、誰もいなくなった裏口を凝視した。次いで真由美に目を向け、不振そうに腕組みをして考え込む。頭に掛かった靄を振り払うように何度か首を捻った後、突然大きく目を見開いて驚きの声を上げた。
「ああ!!子供がいないピョン!!どういうことだピョン!!」
 バニーの叫びに戦闘員たちも我に返り、子供たちを捜して運動場中に散らばっていった。もっとも、裏口の扉が開いていることから、子供が外へ逃げ出したのは明白だった。戦闘員たちもそれに気づいているらしく、真由美が見る限り真面目に探しているようには見えなかった。
「よく探すんだピョン!!」
 焦りの混じったバニーの命令が何度も繰り返される。しかし、当然のことながら誰一人として見つけることはできなかった。
「ああ、もうだめだピョン。作戦は失敗だピョン。」
 ようやく現実を受け入れたのか、快感バニーは両手でウサ耳ごと頭を抱え込んでしまった。そのままうずくまり、肩を震わせて泣き始める。
 探索から戻ってきた戦闘員たちも、どうすればいいのか分からず、バニーの周りで右往左往していた。


(今のうちに…。)
 真由美がバニーたちに背を向け、一気に裏口へと駆け抜けようとしたそのときだった。
「そこまでだ!!」
 力強い張りのある声が、狭い運動場に響き渡った。
「なんだピョン!!」
 涙で濡れた顔を上げ、快感バニーが辺りを見回した。戦闘員たちもバニーを守るように円陣を組み周囲を窺う。真由美も釣られて立ち止まり、声の主を探し始めた。
「天が唸り、地が叫ぶ!!助けてくれと人が呼ぶ!!」
 真由美は見た。低いジャングルジムの頂上で、こちらを見下ろす黒い影を。太陽を背にした四角い影を。
「トウ!!」
 掛け声と共に怪しい影が宙を舞う。複雑な捻りが加えられた黒い四角柱は、見掛けに合わぬ安定した着地を決めると素早く両腕を天に上げてポーズをとった。
「俺は黒い冷蔵庫!!冷蔵庫マンBLACK!!」
 その言葉通り、それは黒い冷蔵庫だった。独身男性が狭いアパートの片隅に置くような黒一色のツードア冷蔵庫。そのシンプルな形状の本体に、アンバランスな蛇腹状の手足が生えている。上部の扉は顔になっており、どういう仕組みか丸と棒で構成された目と口が微妙な表情を作り出していた。
(何?あれは?)
 真由美は逃げるのも忘れて、それに目を奪われていた。説明不可能な存在が何の脈絡もなく現れ、誰も聞いていないのに名を名乗る。その現実離れした出来事の連続が、彼女の思考能力を麻痺させていた。
「犯罪結社『子猫の髭』め!!お前たちの野望、俺が必ず止めてみせる!!」
(子猫の髭?はっ、そうだ!!子供たち!!)
 『子猫の髭』という聞き覚えのある言葉を聞いて、真由美はようやく我に返った。黒い四角を視界の外へ追いやり、改めて現況を確認しようとする。
 子供たちが裏口を出てから、結構な時間が経っていた。にもかかわらず、外からの反応がまったくない。もしかして、子供たちの身に何かが起こったのではないか。もっと身近な危険に巻き込まれたのではないか。交通事故、誘拐等、今の世の中、危険はいくらでも転がっている…。
 嫌な想像が現れては消えていく。子供たちの安否を思うと、真由美はいてもたってもいられなくなった。
(大丈夫だといいんだけど…。)
 幸いバニーたちは黒い冷蔵庫に目を奪われており、相変わらず真由美に注意を払っていない。逃げ出すのは今を置いて他になかった。
 真由美は素早く裏口に目を走らせた。現在地から最短距離で駆け抜けようとすると、途中で動く冷蔵庫のそばを通らなくてはならない。冷蔵庫がそのときどう動くか、少ない情報で判断する必要があった。
(見てくれはともかく、その言動から考えてあの冷蔵庫は『正義の味方』のはず。もし、私怨だったとしても、犯罪結社と何の関わりもない私には用がないはず。ちょっとそばを通るぐらいなんでもないはずよね。)
 分析と願望を混ぜ合わせ、真由美は『危険はない』と結論付けた。

 つづく

(2006.10.7掲載) 前へ  次へ  文章の部屋に戻る

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