ラブリーマスク
作:冷凍石

「あやうし!ラブリーマスク」


 邪悪結社ブラックナイツと戦い続けるラブリーマスク。
 逃げる敵幹部ジャコウを追って、ついに敵のアジトを突き止めた。
 しかし、それは巧妙な罠だったのだ。


「動けない!!」
 マスクの奥でラブリーマスクは驚きの声を上げた。
「おほほほほ、どうかしら、ラブリーマスク?」
 ドーム状の室内にジャコウの高笑いが響き渡る。メタモルフォーゼで豹柄の毛に覆われたジャコウは、ふさふさの咽を惜しげもなく晒していた。
「くっ、何をしたの!!」
 素顔から型を取った無表情な仮面とは対照的に、その声には焦りが混じっている。アンテナの役割を果たす金色の人工頭髪が視界を遮り、ラブリーマスクは慌てて右手で掻き揚げた。
 一進一退の攻防で掴んだジャコウの癖。右ストレートを放った後の大きな隙を利用しない手はない。スウェーバックで拳をかわすと、ラブリーマスクは決定打となる一撃を放った。いや、放ったつもりだった。しかし、肝心の場面で足が床に張り付き動かない。つんのめるところを何とか持ちこたえたが、一瞬にしてチャンスはピンチに様変わりしていた。
「貴方ご自慢のLMスーツを特殊合金にしてあげたの。おしゃれでしょう?」
「なっ、ブーツが…。」
 己の足元に目をやったラブリーマスクは、再び驚きの声を上げる。
 なんと、真紅のブーツが床と同じ鈍い金属色へとメッキされていた。いや、メッキという表現は間違いかもしれない。踵を浮かせた左足首は、ギプスを巻かれたようにブーツで固定され、いくら力を入れてもびくともしなかった。右足も同様で、金属特有の冷たさが爪先からじわじわと這い上がろうとしている。ふと気付けば、脹脛までもがじわじわと不気味な輝きに染められようとしていた。
「LMスーツが金属化!!そんなバカなことって!!」
 LMスーツとは、ラブリーマスクがまとう特殊スーツの名称だ。頭部をスッポリと覆うマスク、ピンクを基調とした全身タイツ状のコンバットスーツ、真っ白なスカーフ、真紅のグローブとブーツで構成されている。ラブリーマスクの常人を遥かに凌駕した能力は、スーツの補助によるところが大きい。防御の面でも完璧で、装着者の肌を完全に覆い、厚さ数ミリにも係わらずどんな攻撃も弾き返してきた。刃物・銃弾・砲弾はいうに及ばず、ブラックナイツのビーム兵器でも傷一つ付くことはなかった。
 その無敵を誇ったLMスーツが、不気味な金属に侵食されようとしている。それはスーツに全幅の信頼を寄せていたラブリーマスクにとって、受け入れがたい光景だった。しかし現実は厳しく、すでに金属化は太腿半ばまで進み、ガッチリと彼女の両足を拘束していた。
「ブラックナイツの科学力を舐めないことね。いかに驚異的な耐久性を誇るLMスーツといえども、金属化の波動を集中的に受ければあっけないもの。」
「そんな!!波動を放つそぶりなど、少しもなかったはず。」
 ラブリーマスクは断言した。これまでの戦闘を思い返しても、ジャコウに怪しげな動きはまったくなかった。物質を変化させるほどの大技を、予備動作無しに使ったとは考えられない。
「あら、私が放ったとは一言も言っていないわよ。どこから金属化が始まったか覚えていて?」
 ジャコウの言葉に一瞬考え込むラブリーマスク。
「まさか?」
 そういって、再び自分の足元へと視線を落とした。ブーツから金属化が始まったということは、もしかして、この床に何か秘密があるのでは?
「正解!この部屋の床からは、常に金属化の波動が放たれているの。ブラックナイツに属しているものは皆、波動遮断材を靴底に忍ばせているから大丈夫というわけ。普通の靴なら部屋へ足を踏み入れただけで鋼の靴よ。こんなに動けるなんて、さすがはLMスーツというべきかしら。」
 まんまと罠に誘い込まれたことに、ラブリーマスクは唇をかんだ。同時に不気味な予感が頭をよぎる。今はスーツだけだが、時間が経てば身体まで金属に侵されるのではないか?
「安心して。波動による金属化は生命体には効果がないのよ。残念ながらね。」
 敵の言葉を簡単に信じるわけにはいかないが、それが本当だったとしても危機的状況に変わりはなかった。ぴったりと肌に張り付くように装着したLMスーツ。もしスーツの金属化が完了すれば、これまで自分を守ってきたスーツが自分を拘束する牢獄に早変わりしてしまう。それだけは避けなくてはならない。
 ラブリーマスクは小さく頷くと、変身解除を決意した。解除により変身前の姿を晒すことになるが、このまま金属像になるよりは遥かにマシだろう。解除の後再び変身すれば、金属化は解除されているはずだ。
 さっそく額の中心で輝く古代文明の英知、ラブリーストーンに手を伸ばし、変身解除を念じる。
「えっ!!」
 何も起こらない。変身が解除されない。普段であれば念じた瞬間に光の粒子へと分解するLMスーツが、何の反応も起こさない。
 額に手を当て必死に念じ続けるラブリーマスクの耳に、ジャコウの耳障りな声が聞こえてきた。
「残念だけど、金属化が始まった時点でLMスーツの制御はこっちのものになったの。」
「そんなはずがない!!」
 ラブリーマスクは思わず叫んでいた。LMスーツが自分を裏切るなど、考えられることではなかった。
「事実は事実よ。」
 金属の鈍い輝きと、力を込めても動かない下半身が、ジャコウの言葉を肯定する。金属化は止まることを知らず、弛みのない引き締まった尻肉を舐め上げようとしていた。
 獣化後特有の弾む様な足音がゆっくりと近付いてくる。
「しっかし、あなたの素顔、これで永遠に見れなくなったわけか。敵とはいえ、かわいそうね。」
「どういう意味!!」
 焦りを隠そうともせず、ラブリーマスクは問い返した。
「おほほほほ、どういう意味もなにも、言葉どおりよ。あなたのその無表情な仮面も、もうすぐ金属化する。ブーツが床に張り付いたように、仮面もスーツと一体化してしっかりと固定されるわ。解りやすく言うと、あなたは二度と仮面どころかスーツすら脱ぐことができなくなるの。厚さ数ミリの牢獄に一生囚われ続けるのよ。指一本動かすことができないままね。」
 すでに予測していた自分の絶望的な未来。敵の口から駄目押しされ、現実感が更に増していく。
 LMスーツという絶対的な心の支えを失った今、ラブリーマスクは普通の女性と変わりなかった。肌を這い登ってくる金属の冷たさが乳房に到達し、恐怖が我慢の限度を超える。ついに彼女は悲鳴を上げた。
「いやー!!」
「おほほほほ、その叫び声ももうすぐ聞けなくなるのね。マスクが金属化すれば拡声機能なんてなくなっちゃうもの。あっ、そうか。マスク自体の機能がなくったら、見ることも聞くこともできなくなるわね。ほんと、かわいそう。」
 スーツを押し上げ揺れる双丘が、下部から金属に包まれ次第に動きを失っていく。胸の上部でスーツが作る横しわも、そのままの形で金属化していった。
「しっかし、いつ見てもいやらしいスーツよね。身体の線を露骨に強調した全身タイツ。金属化したら模様が見えなくなってまるで全裸ね。お尻なんて食い込んでいるわよ。あれ、もしかして変身中は、下着を履いていないのかしら?下着のラインが浮き出てないわね。あらあら、よく見ると乳首どころか乳輪の膨らみまで判別できそう。正義の見方としてこれはどうなのかしら?やだ、あそこのすじがくっきりと浮かんで、まあいやらしいこと。」
 嘲るジャコウの言葉を彼女は聞いていなかった。金属化が腕にまで及び、それどころではなかったからだ。肩口に感じる冷たさに、思わず自分の両腕に目をやるラブリーマスク。雪崩のように鈍い輝きが腕を駆け下り、固まらないよう開いたり閉じたりを繰り返していたグローブを不自然な形のまま金属へと変えていった。
「もう少し楽しみたいから、この辺でいったん止めるわね。」
 ジャコウの手が、金属の胸に触れる。その瞬間、それまでの勢いが嘘のように金属化の進行が止まった。
 ラブリーマスクの肩から下を、鈍い輝きが覆っている。冷たい金属が全身を押さえつけ、僅かな筋肉の震えすら許さない。絶望で全身から力が抜けていくが、スーツの金属化は彼女がその場にしゃがみ込む自由すら奪っていた。
「うふふふ、素晴らしい造形美ね。引き締まっていながら女性特有の丸みを失っていない。うらやましいわ。」
 股間から胸にかけてのなだらかな曲面を、黄色い毛で覆われた手が何度も往復する。しかし、その激しい動きにもかかわらず、ラブリーマスクには何も感じられない。変わり果てたスーツが、皮膚の感覚を完全に遮っていた。
 背後に回ったジャコウが、尻の谷間に指を這わせながら小さく耳元で囁く。
「知っているわよ。額のラブリーストーンのおかげで、あなた、変身中は食べることも眠ることも必要ないんですってね。私も鬼じゃないから、ラブリーストーンだけはそのままにしておいてあげる。」
 ラブリーマスクはうな垂れた顔を上げた。ラブリーストーンさえ無事なら逆転の望みはまだある。それは絶望の中で輝く僅かな希望の光だった。
 心のよりどころを取り戻したラブリーマスク。逆転の手掛かりを得るため、ジャコウに己の処遇を質問した。
「スーツを金属化してどうするつもり?」
「どうするもこうするも、どうもしないわよ。」
「どうもしない?」
 予想外の回答に、ラブリーマスクは唯一動かせる首を捻った。
「しいていえば金属像と化したあなたを、アジトのインテリアとして飾るぐらいかしらね。」
「スーツを着た私をどうするのかと聞いているの。」
「おほほほほ、中の人のことなんて知ったことじゃないわ。完全に金属化してしまえば関係ないもの。」
「なっ!!」
「あなた、人形をもらったら詰め物がどうなっているか確認する?私はしないわ。中が空洞だろうと、綿が詰まっていようと気にしない。あなたは金属像、インテリア、ただの物になるのよ。少なくとも、ブラックナイツではそう取り扱うわ。」
「じゃあ、中の私は…。」
「それはラブリーストーンが何とかしてくれるでしょうよ。もっとも、肉体の維持はできても、精神が持つかどうかはあなた次第だけど。指一本動かせず、五感の大半を奪われて、いつまで正気を保つことができるかしら。まっ、私には関係ないことね。」
 その言葉を合図に、止まっていた金属化が進行を再開する。残された時間を悟り、ラブリーマスクは叫ぶように言葉を搾り出した。
「私が倒れても、正義は不滅よ!!必ず悪は倒される。覚えておくがいいわ!!」
 咽を、顎を、金属の冷たさが舐め上げていく。
「あっそう。ありがとう。気をつけることにするわ。おほほほほ!」
 視界が下からゆっくりと塞がれ、すべて闇に塗りつぶされた。
 何も見えない。何も聞こえない。伝わってくるのは金属の冷たさのみ。今はまだ金属の冷たさや暗闇に違和感を覚えているが、時間が経てば慣れてしまうだろう。刺激のない世界。すべてを遮断された世界。これが延々と続くのだ。そんな世界に耐えられるだろうか?死ぬことはない。ラブリーストーンがあるかぎり。だが、生きているともいえないだろう。共にあるのは、虚無と絶望、孤独のみ。存在するのに認識されない、路傍の石と同じなのだから。
「うわー!!」
 暗闇の中でラブリーマスクは絶叫した。しかし、その声は金属の殻に阻まれ、誰にも聞こえることはなかった。


 次回予告
 囚われてしまったラブリーマスク。彼女は一体どうなってしまうのか!!11月号に続く。

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