天然美神(てんねんびしん)ナチュラルレイ

第壱話 絶対零度からの招待 前編

[侵略ロボット アイスゴン登場]

作:冷凍石

 

 

 少女は走っていた。ただひたすら走っていた。照りつける日差しとアスファルトから立ち上がる熱気が、彼女の身体を包み込む。

 少女は背後を振り返る。足を止めることなく振り返る。遠心力に囚われた汗が数滴、彼女から離れていった。

 そこには身体?を左右に揺らしながらビルの谷間を前進してくる巨大な白い冷蔵庫の姿があった。底部のドア側二角を巧みに支点としながら、まるで踊るようにこちらへ向かってきている。その巨体の動き一つ一つに、地鳴りが響き、大地が揺れていた。もっともそれに気付く余裕すら少女にはなかったのだが…。

 変わることのない日常。ありきたりな毎日。不満もなければ満足もない、そんな日々が続くと少女は思っていた。つい先ほどまでは…。

「なに?あれは?」

 思わず口からこぼれる単純な疑問。しかし、今それに答える者はいない。

(これは、夢?)

 何度振り返り目を擦っても、非日常的な景色が消えることはなかった。

 少女は再び逃げることに専念する。手にした鞄を胸に抱きながら、ただ走ることだけに集中する。彼女の周りにも同じように逃げ惑う人々がいたが、彼女は気にならなかった。喧騒も耳に入らない。

(死にたくない。)

 そう思った。

(あんなふざけた存在のために死にたくない。)

 ただひたすらそう思った。

 カモシカのような贅肉のない足を懸命に動かし少女は走る。白いセーラー服を押し上げる胸が、その存在を主張するかのように大きく揺れる。腰まで伸びた黒髪が、膝上5cmの紺無地のスカートが、その動きに付いていけず後ろへとなびいていた。

(それに、このまま、自分に何の価値も見出せないまま、死にたくない。)

 しかし、人間の身体能力には限界がある。それは彼女にしても例外ではない。限界を迎えた足がもつれ、倒れこむ少女。慌てて手をつこうとしたが間に合わず、顔面から地面に突っ込んだ。迫りくる地面への恐怖と、焼け付くような痛みを想像して、彼女は思わず目をつぶった。

 

 ………。

(痛くない。なぜ?)

 予想に反して何も起こらない。少女はゆっくりと瞼を開いていった。

(まぶしい。)

 網膜の許容量を越える光の奔流に、思わず再び目を閉じる。

『少女よ。三上 レイよ。聞こえていますか?』

 威厳のある中性的な声が、レイと呼ばれた少女の頭に直接響いてきた。身体がフワフワと頼りなく浮かんでいるような感覚に彼女は不安を覚えていた。

「誰?あなたは、誰?なんで私の名前を知っているの?」

『私は大自然の意思。貴方達の住む地球の代弁者です。今、地球は滅亡の危機に瀕しています。』

 相手を確認するために薄っすらと目を開くと、淡い光の中に自分が存在していることを知覚できた。目の前に人型の光が強く輝いている。眩しさからその細部は確認できなかったが、不思議と恐怖は感じなかった。もっとも、暖かさも感じなかられなかったのだが。

(地球の代弁者…。滅亡の危機…。わからない。)

 レイは正体不明の相手が語りかける言葉を頭の中で繰り返したが、話が大きすぎてどの言葉にもピンとこなかった。

「それで、何?」

『貴女に力を与えましょう。脅威と戦える力を。本来は厳選し、最適な人材を求めるのですが、時間がないのです。今、私の声が聞こえるのは貴女しかいません。必要最低限の力を用意しました。さあ、受け取りなさい。』

 レイは目を瞑り、思考の海に沈みこむ。

(勝手な言い草…。少しは本音を隠せばいいのに。間に合わせ、か…。嫌な気分。それに、状況がわからない。あの巨大冷蔵庫は何?ここはどこ?説明が少なすぎる。)

 彼女は目を細めて人型の光を見つめたが、光に阻まれ相手の表情は掴めなかった。

(でも…。結局、私に選択肢はない。私しかいないという言葉を信じればだけど…。それに、理由はどうあれ私は求められている。今の私にしか出来ないこと、それは今まで私が求めても得られなかったものだから。)

「わかりました。」

 そう答えると同時に目を見開くと、いつの間にか光が収まり、彼女は誰もいない大通りの真中に立っていた。背後を振り返ると冷蔵庫が確実に近づいている。ふと左手を見ると眩いばかりに輝いていた。人型の光は見えなくなったが、声だけが頭に響いてくる。

『さあ、左手を天にかざしなさい。天然美神が降臨することでしょう。』

「てんねんびしん?」

『そう、戦う力を持った新しい貴女の姿です。では、こちらが最適な人材を見つけるまで頼みましたよ。…。』

 その声も次第に小さくなっていった。

「ちょっと待って。どう戦えばいいの?」

『…。』

 肝心な問いかけに答えを得られず一瞬唖然としたレイだったが、光る左手を改めて見つめ硬く握り締めた。

(どっちにしてもやるしかないか…。)

 レイは何かを掴むかのように、左手を天に伸ばす。

(手の平が熱い。)

 思わず伸ばした腕を見上げると、溢れ出る光の渦に目が眩み、レイは意識を手放した。

 

 レイの意識にかかった霧がゆっくりと晴れていく。

『天然美神、ナリュラルレイ!!』

 勝手に口からこぼれ出るエコーの掛かった台詞を、力を込めたポーズと共にきめるナチュラルレイ。ビルの窓ガラスが大音量を受けてビリビリと震える。

 しかし、レイはその自分の意識から離れた身体の動きを少し不快に感じていた。

(嫌な感じ。私の身体じゃないみたい。まるで、操り人形。)

 変身時に奪われた体のコントロールが戻ってきたことを、身体の各部を動かすことで確認し、改めて周囲を見回した。

(目の前に冷蔵庫がいる。でも、さっきよりなんだか小さい。それに周りの建物も小さくなってるような…。私どうなったの。)

 自分の背丈と同じぐらいの大きさになった冷蔵庫を見据えながら、レイは考え込んだ。幸いにも、冷蔵庫は動きを止めこちらを窺っているようだった。

(私、大きくなったのね。)

 ようやく思考がそこまで行き着き、レイは改めて自分の姿を見回した。

(なんでセーラー服のままなのかしら。)

 彼女は通学時のセーラー服のまま、姿を変えずに巨大化していた。目にまぶしい純白のセーラー服に紺の襟、アクセントとなる朱色のスカーフ、紺のスカートに紺のソックス。布から露出した手足は、色白だが健康的な肌の張りで若さを主張している。大きくなってもその瑞々しい魅力は何ら失っていなかった。ただ、変身前と違うのは目から耳にかけて漆黒のゴーグルで覆われているところだけだった。

 レイがゴーグルに気付き、手で触れようとした瞬間、視界の端に文字が走る。

  美神システム プロトタイプ0起動

   一部機能、未設定のため使用不能

(これは、何?)

  戦闘サポートシステム

 疑問に対する必要最低限な説明の文字が視界の端に浮かぶ。

  現在の状況

   戦闘区域、半径2キロメートル 人は存在せず

 突然のことにレイはゴーグルの下で目を見開いたが、それが何かを問うよりも先に、文字の意味を読み取り安堵する。周辺一帯は避難が完了していると見るべきだろう。彼女としては、できれば自分の住んでいる町や人を守りたかった。

(私、おかしい…?)

 レイはふと我に返る。自分の状況、ゴーグルからの情報を冷静に受け止めている自分に驚いていた。確かに普段から感情を表に出すほうではなかったが、ここまで非日常な出来事が連続すれば、パニックになってしかるべきである。それがあたりまえに受け止めている。これも変身の効果だろうか?

(いつまで変身していられるの?)

  敵を倒すまで

 その『敵』という言葉は、ゴーグル越しに冷蔵庫を見据えているレイを考え込ませた。

 普段の彼女は運動が得意ではない。走ることは好きだったが、それ以外については苦手としていた。もちろん格闘技の知識など、これっぽっちも持ち合わせていない。それ以前に、四角い冷蔵庫相手に人間の格闘技が有効かどうか、レイには判断が付かなかった。

(どうやって戦えばいいの?)

 そう思った瞬間、再び視界の角に文字が現れた。

  現在使用可能な武器

   ナチュラルシールド

   ナチュラルソード  

と表示されている。

(でも、使い方がわからない。)

  武器及び技の発動

   武器及び技の名前を叫ぶこと

 彼女には首を横に振ることしか出来なかった。なぜかはわからないが、それは甚だ恥かしいことのように思われた。

(と、とにかく考えてる場合じゃない。戦わないと。)

 気を取り直し、彼女は両拳を握り締め、冷蔵庫に目を向けた。

 

 まるでレイの心の準備を待っていたかのように、冷蔵庫は再び動き始めた。先ほどまでの身体を揺らしながらの移動ではなく、前傾姿勢のままレイに向かって突進してくる。その巨大な質量の圧迫感が、非日常の連続で麻痺しかけていた恐怖を彼女に思い出させた。

(どうしよう。どうしたらいいの?わたし、体が大きくなった以外、何か変わったの?)

 それに反応したように、視界の端に文字が現れた。

  変身前身体能力に換算して比較

   生命維持能力 大幅アップ

   その他の身体能力 変更なし

 身体は大きくなったが、力は華奢な細腕のまま。その身も蓋もない回答は、冷静なレイに立ち眩みを起こさせそうになる。

(どうすればいいの?私の力じゃ普通の冷蔵庫だって解体できないわよ。このままじゃ…。そうね。恥かしがっている場合じゃない。)

 気を取り直して息を吸い込むと、レイはその透き通るような声を張り上げた。

「ナチュラルシールド!!」

 握り締めた右拳から光がこぼれ出る。能力の説明は受けていないが、シールドというからには身を守れるものだろうとレイは考えていた。声に呼応して右腕に四角く光が集まり、何かが実体化しようとする。

 光が消え、手の中に収められたそれを見て、レイは目を丸くしながら驚きの声を上げた。

「これは…、私の鞄…。」

 それは通学に使っているレイの鞄だった。小さな傷が無数に入り、金具の塗装がところどころ剥げた鞄は、間違いなくレイのものだった。もっとも、レイと同じく巨大化はしていたが。

(まさか、これがナチュラルシールドなの?)

 そこまで考えたとき、冷蔵庫が唸りを上げ目の前にまで迫っていることに気が付いた。

「くっ!!」

 咄嗟に鞄を両手で持ち、冷蔵庫に突き出すことで受け止めようとするレイ。しかし、そんなもので巨大な金属の塊を受け止められるはずもなく、まともにその衝撃を身体に受けて後方へと吹き飛んだ。

「カハッ!!」

 ズズーン!!

 ビルを背に何とか勢いが止まるナチュラルレイ。ビルを背凭れ代わりにして、何とか身体を保持している。まともに打撃を受け苦痛で息を乱しながらも、衝撃で霧散しそうになった意識を必死で掻き集めていた。

(くっ、苦しい。)

 口の中に広がる、錆びた鉄の味を不快に思いながら、レイは頭を振り視界に残る霞を振りのけようとする。

 その動きに呼応したかのように視界の隅へ情報が示された。

  現在の状況

   身体機能にダメージなし、口内に僅かな裂傷あるも既に完治

   ただし、痛覚の過剰反応により数分間行動不能

(ううう…。あれだけの衝撃なのに…。身体の丈夫さだけは伊達じゃないのね。くっ。痛みを和らげることは出来ないの?)

  感覚は生命維持活動に必要、よって不可能

 レイは痛みに顔をしかめながら、舌打ちすることしか出来なかった。

 そんなレイの状況を知ってか知らずか、冷蔵庫はある程度の距離を取り動きを止めると180度回転し、突然レイに背中?を向けた。

(私に興味を失ったの?)

 しかし、それは間違いだったことにレイは気付く。背部に蠢く排熱板が赤く輝くと、彼女に向かって赤い光線を浴びせ掛けた。

 ヴィィィィィィ…。

 不快な音と共に放たれる赤い光の帯。

 全身から伝わってくる痛みで這いずることもままならないレイは、全身の皮膚が焼ける痛みを想像して目をつぶった。

 ………。

(あれ?何ともないわ。)

 目を開けると赤い光に包まれていた。ぽかぽかと体が暖かい。

 ゴーグルの片隅に文字が走る。

  可視赤色熱線

   現時点での生命活動維持に影響なし

   ただし、照射継続による多量の発汗

   それに伴い、脱水状態になる可能性あり

(とりあえずは大丈夫みたいね。でも何のためにこんなことを?)

 レイが痛みに耐え思考を巡らしている間も熱線の照射は続いていた。

 

 体当たりの衝撃から回復し、なんとか体の自由を取り戻した時、彼女は多量の汗をかいていた。白いセーラー服は汗で身体に張り付き、ブラジャーの線がその背にくっきりと浮かび上がっている。ペッタリと張り付いた部分では、素肌の色が薄っすらと浮き上がっていた。スカートも汗でしっとりと湿り、太腿に纏わりついている。今や彼女の均整の取れた肢体は、着衣の下からくっきりと浮かび上がっていた。

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ…。」

 体温上昇により荒い息を吐きながら、レイは再び立ち上がった。汗の匂いが気になったが、それどころではないので無視をする。彼女の色白な額から汗の粒が流れ落ち、顎から雫となってこぼれていった。

 彼女が立ち上がると同時に冷蔵庫は熱線の照射を止め、再びドアの開く正面に向き直した。

 レイは油断なく冷蔵庫を睨み付けながら、無意識の内に纏わり付き気持ち悪くなったスカートの中へ空気を送るため、スカートの裾に手を掛けパタパタと空気を招き入れていた。汗で湿った肌には、招き込まれた風が心地よかった。

 レイが何気なく自分の足元を見ると、虫のような物が一体動いていた。

(あれは、何?)

 不明

 レイが目を凝らすよりも早く、ゴーグルは文字を表示すると共に映像を拡大した。それは、サラリーマン風の男だった。2本のレバーが突き出した機械を首から下げ、慣れない手つきで動かしている。彼は見上げ、何かを見つめていた。そう、何かを…。

(汗で湿った私のショーツを下から覗いている?)

 足元に人がいることに対する驚きよりも湿った下着を覗かれる羞恥の方が優先され、顔を真っ赤に染めながら慌ててスカートを押さえ込んだ。

 時間にして数秒の空白。しかし、それが致命的な隙を生むことになった。

「ひっ!!」

 嫌な気配を察知し冷蔵庫へと視線を戻したレイは、恐怖に息を飲んだ。

 いつの間にか冷蔵庫下段の扉が開き、そこから多量の電気コードが吐き出され、レイへと襲い掛かろうとしていた。

 

 男の姿はいつの間にか消え去っていた。

 

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上記は妄想で、科学的な考証は皆無であり、実在の団体その他とも関係ありません。

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