作:冷凍石
「ファイトォ!!ファイトォ!!」
高校生らしい運動着姿の一団が、掛け声と共にフリーザンの目の前を通り過ぎていく。
「部活の練習か、学生も大変だな。」
大通りに面した路地の一つで、フリーザンはナチュラルZとその親友を待っていた。冷気漂う鎧姿のまま腕を組んでいる姿は、薄暗い路地裏といえどもかなり違和感があった。
「しかし、ペトリナのセンスは…。」
自分の腕を掴む小さな人影に目を向ける。そこには、少女が蛇のきぐるみを着ているようにしか見えない怪人、バブリングボアが不思議そうな顔でフリーザンを見上げていた。
「ボアボア?」
「いや、なんでもない。それよりも、こんな捨て駒のような任務をお前に任すことが、俺には心苦しい。いくらペトリナの髪から作られたクローンとはいってもな。」
憐憫の情を込めてフリーザンはバブリングボアを見た。
「ボーア。」
シェイビングボアは大きく被り振った。その目は彼女の覚悟を物語っていた。
「そうか、そうだな。こんな言葉はお前に対して失礼だな。いや、すまなかった。」
「ボアボア。」
ニッコリと微笑むバブリングボア。フリーザンにその笑顔は眩しすぎ、大通りの方へと目線をそらした。
何気なく目を向けたその先に、赤髪短髪の頭が揺れていた。フリーザンは思わず目を細める。
(Zが来たか。サンドラーの情報どおり、眼鏡の短髪と長身のポニーテイルがいるな。)
「バブリングボアよ。ターゲットが来たようだ。不思議時空間を発生させるぞ。」
「ボアボア。」
うなずくバブリングボア。
「不思議時空間発生!!」
何処からともなくパイプオルガンの荘厳な音楽が響き、二人を除いた周りの景色が、絵の具が溶けるように歪んでいった。
夏の日差しがアスファルトを照らし、陽炎を立ち昇らせている。
天城遥はテニス部の練習を終え、親友である白石美雪と天中幸子と連れ立って大通りの歩道を歩いていた。
「ハルカ、今日は何を食べる?」
「何で私に聞くのよ?」
「クスクス、ハルちゃんは良く食べるから。」
「ヒッドーイ!!サッチー、それじゃ、私が大喰らい見たいじゃない。」
「そのとおりじゃない。」
「ユッキーまで、なんてこと言うのよ!!」
しかし、楽しげな会話はそこまでだった。
何処からともなく響き渡るパイプオルガンの荘厳な音色。色あせ歪んでいく周りの景色。三人はいつの間にか、あたり一面砂で覆われた、見知らぬ場所に立っていた。
「何処よ、ここ?」
「クスクス、何が起こったのかしら?」
目を丸くして驚く美雪。さほど驚いた様子もなく辺りを見回す幸子。
「姿を現したらどう?GGD!!」
天城遥は、視線を砂の一点に絞り、口を開いた。
遥の視線の先で砂が盛り上がり、鎧に身を包んだ怪しげな人物が砂を払いながら現れた。
「くっくっくっ、久しぶりだな、天城遥!!いや、ナチュラルZ!!」
「あなたはフリーザン!!」
遥は、二人をかばうように前へ出た。
「ちょっとハルカ?フリーザンて何よ?それにこの派手なコスプレの男の人は誰?知り合い?」
「GGD?ナチュラルZ?それに、あの方は…。」
二人の疑問に答えることなくフリーザンと遥の会話は続く。
「よくもこれまで我々の邪魔ばかりしてくれたな。今日こそ覚悟しろ、ナチュラルZ!!」
「己の私欲で人を固めるなんて、自然の摂理に反したことを許すわけにはいかないわ。」
「永遠の美。この浪漫がお前にはわからないのか?」
「わかるわけがないでしょう。」
「まあ、わかってもらっても困るのだがな。行けい、バブリングボアよ。」
「ボアボア!!」
フリーザンの背後から顔を見せるバブリングボア。
それを見た美雪が叫び声を上げた。
「きゃー、トカゲの化け物―!!」
爬虫類嫌いの美雪にとって、バブリングボアの姿は悪夢以外ではなかった。
「ボアボア!!」
化け物という言葉に乙女心を傷つけられたのか、トカゲという言葉に自尊心が傷つけられたのか、バブリングボアは美雪に左腕に取り付けられたノズルを向けた。
プシュー!!
ノズルの先から、泡が筋となって美雪の顔に襲い掛かる。
「きゃー!!うぶっ…。」
ネットリとした泡が、美雪の顔を舐めるように付着していった。その狙いは正確で、ケーキのクリームのように全身を満遍なく覆っていく。
泡まみれになる美雪。泡の固まりと化した美雪は、両手を前方に突き出し泡を避けるかのようにもがいていたが、次第に動きが緩慢となり最後には動かなくなった。
遥は、バブリングボアの動きと泡まみれになる美雪の様子を冷静に観察していた。一方、幸子もその様子を黙って見詰めていた。
完全に動かなくなったことを確認し、バブリングボアは泡の放出を止めた。泡は時間が経つにつれて液化し、次第に下方へと垂れ落ちていく。泡の下から変わり果てた美雪の姿が現れた。
「みっ、みゆ…き…?」
美雪は物言わぬ石像になっていた。
泡が消えると同時に、遥は美雪へ駆け寄った。
「なんてことを…。許さない。」
バブリングボアに向き直すと両腕を胸で交差させる。腕時計から光がこぼれ、遥の全身を包んでいく。
「美麗転身!!」
彼女の身体が宙に浮く。眩い光を放ちながら身に付けていた服が光の粒子となって飛び散っていく。キラキラと周囲を舞っていた光の粒子は再び彼女の体表へと集結し、まったく別の物を形作った。
光り輝く裸身に、まずワンピースの水着のような純白のレオタードが実体化し、まっ白なスカート、真紅のブーツとグローブが次々と遥の身体を包んでいく。続いて青地に黄色の線が入った胸当てが胸を押し上げるように実体化し、最期にZの文字をあしらった髪飾りが出現して変身が完了した。
「少女が涙を流す時、正義の刃、我にあり。報復絶倒、ナチュラルゼエーットゥ」
着地と同時に、右手で面前に大きくZを描きポーズを決めるナチュラルZ。
「出たな、ナチュラルZ。」
「ボアー!!」
フリーザンの声を合図に、バブリングボアが攻撃を開始した。
プシュー!!
石化の泡がナチュラルZに迫る。Zは慌てることなく身をかがめ、その姿勢のまま一気に間合いを詰めた。急な接近に動揺し、バブリングボアが向ける泡の筋は、Zを捉えることができない。Zはバブリングボアの手前で足をたわめると、頭を掠めるように飛び越した。それをまともに追う石化の泡。頭上で弧を描いた泡の帯は、当然ながらバブリングボアに降りかかった。
「ボア!?ボアボア!!」
身体に付着した石化の泡を、必死になって振り払うバブリングボア。彼女が我に返った時、ナチュラルZの姿を完全に見失っていた。
「ボア?」
「バブリングボアよ、上だ!!」
フリーザンの声に、バブリングボアは頭上を見上げた。
灰色に濁った不思議時空間の空に星が一つ煌いた。星は次第に人の形を取りながら次第に大きくなり、バブリングボアへと迫ってくる。それが赤色の光を纏ったZであるとバブリングボアが認識したときには、すでに避けられない位置にまで迫っていた。
「ナチュラルキィーックゥ!!」
ドゴーン!!
凄まじいエネルギーを秘めたキックが、バブリングボアに炸裂した。
「ボアボアボアー!!」
バブリングボアは断末魔を上げると、糸が切れた人形のように吹き飛び、うつ伏せに倒れこんだ。ほどなくして、白い泡が全身の彼方此方から噴出しはじめる。泡はゴボゴボと音を立てて湧き上がり、その小さな身体を包んでいった。泡にまみれ、白いオブジェと化すバブリングボア。
そして、泡の下から灰色の石像と化したバブリングボアが姿を現した。
「成敗完了。」
石となったバブリングボアを振り返ることなく、ナチュラルZは着地の際巻き上がった砂を払いながらゆっくりと立ち上がった。
フリーザンの姿はいつの間にか消えていた。それを気にする様子もなく、Zは石像と化した美雪に近づいていく。いつのまにか右手から淡い光を放っていた。
「ユッキー、怖い思いをさせてごめんなさい。身体は元に戻るから。今の記憶は消えてなくなるから。また、いつもの生活に戻るから。」
光る右手を石と化した美雪の額に当て、小さく呟いた。
「クリア。」
額から肌と服の色が元に戻っていく。苦悶したまま固まっていた美雪の顔が、石化が解けて穏やかな表情へと変わっていく。胸も柔らかさを取り戻し、ゆっくりと上下し始める。
天中幸子は眼鏡を右中指で抑えながら、さも当然のように振舞うZの姿を奇異なる目で見ていた。
くいくい。幸子はナチュラルZの裾を掴み、目と目を合わせた。
「ねえ、ハルちゃん。私達は親友よね。」
Zは当然といった顔で、首を縦に振った。
「当然でしょう。私とあなたは親友同士じゃない。」
眼鏡のレンズがキラリと輝く。
「じゃあ親友として聞くけど、あなたのその姿は何?それにさっきの戦いは何?」
「あなたが知らなくていいことよ。」
「どうして私に何も言ってくれなかったの?隠し事はしないという誓いは嘘だったの?」
一瞬、Zの目に様々な色が浮かぶ。しかし、直ぐに確固たる意思が宿った。
「親友だからこそよ。あぶないもの。」
幸子は呆れたように大きく被り振った。
「クスクス、予想通りね。そう答えると思った。こちらの安全を守るため仕方がなかった、自分は悪くないってね。」
右手が再び光り始め、Zは幸子に近づいていく。
「何も考えなくて良いのよ。どうせここで起こったことは、全て忘れるんだから。そう、全てね。」
「クスクス、私の記憶も消すつもり?」
幸子の問いにうなずくZ。
「もちろんよ。必要ないでしょう。」
「そんなの間違ってる。私は自分の秘密を教えたわ。それなのに、それなのに、ハルちゃん、あなたは…。」
いつになく笑みを消し、真剣な表情でZを見詰める幸子。Zは一瞬考え込んだ後、ふっと口元をほころばせた。
「秘密?ああ、もしかして、あれのこと?ごめんなさい。私、てっきり冗談だと思ってた。それに、あれとは秘密の次元が違うわよ。」
幸子の目に憎悪が宿る。
「…。許さない…。絶対に…。…様、…を…。」
囁くような呟きはあまりにも小さく、Zの耳に届くことはなかった。
Zの手から放たれた光が、幸子の身体を包み込んでいった。
光が収まると幸子は砂の大地に横たえられていた。先の雪江と同じように、静かに寝息を立てている。
「深追いは禁物。今は彼女らが目覚める前に立ち去るのが先決ね。」
砂の一角を意味ありげに見詰めた後、Zは静かに目を閉じた。
ブーン!!
Zの姿が一瞬ぶれたかと思うと、少女二人を残したままゆっくりと消えていった。
つづく