ナチュラルZ第19話 「怪奇、動くブロンズ像?」  中編 その2
作:冷凍石


 美子の指から一枚の符が離れ、光の矢となってレディーXに急迫する。
「クスクス、符術ですか。まあ退魔士の定番ではありますね。」
 視認するのも難しい攻撃を、Xは僅かに首を傾けてあっさりと避けた。目標を外れた符は勢いを失い、突然炎を発するとひらひらと舞いながら燃え尽きる。
「私の符と舞からは、絶対に逃げられないです。さっさと諦めるです。」
 止まることのない巫女の舞は、相手を中心に円を描きつつ、徐々にそのスピードを上げていく。外れた符の行方を見ることなく、美子は新たな符を放った。
(あれを避けるですか。)
 美子は己の舞と符に絶対的な自信を持っていた。それだけに初手とはいえ、手加減なしの攻撃をあっさりかわされたことに苛立ちを隠せない。相手の能力が不明な点も、それに拍車をかけている。いつもと勝手の違う戦いに、美子は戸惑っていた。
 美子にとって、対人戦はこれが初めてではない。死人使い、妖術師等、邪悪な力を持つ人間と何度か戦い、これに勝利していた。もっとも、それらは邪悪な妖気を身にまとっていたので、美子にとって妖怪と大差がなかった。しかし、今、目の前で相対するレディーXは違う。妖気がまったく感じられない。不思議な力を持っていることは間違いないが、それが何なのか美子には見当も付かなかった。
 二枚目の符も首の僅かな動きでかわされた。流れるように足を運びながら、美子は小さく舌打ちする。
(頭はダメですか…。身体を狙うしかないです。)
 符はその種類によって効果が変わるように、貼る場所によってもその効果が変わる。ブロンズ娘のような物質が魂を持った妖怪であれば、どこに貼ってもその効果に大差はないが、人間相手の場合、頭部なら思考を含めた生命活動すべて、それ以外なら行動だけを封じることが可能だった。
 実力が不明のため、反撃の可能性が少ない頭部を狙っていたのだが、当たらなければ意味がない。美子はレディーXの剥き出しになった白い腹へと狙いを変更した。
 新たな符を放とうと身構えた瞬間、攻撃を遮るようにレディーXの忍び笑いが聞こえてくる。
「クスクス。まあ、確かに厄介ではありますね。素手だったらですけど。」
 含みのある言葉を吐きながら、Xは太腿の装飾品に手を伸ばしていた。螺旋状に巻きついていた黒い金属の帯が、Xの手の中で生き物のように形を変えていく。やがて、それは一つの形を取り始めた。
「クスクス、これが私の武器です!!Xカリバー!!」
 声と共に頭上に掲げた右手には、風車の羽根のようなX型の物体が乗せられていた。
 Xカリバー。それは四枚の鋭い刃が十字に組み合わされた薄い金属片だった。肩幅ほどの大きさで、羽根の中心部に丸い穴が開いている。
(あれは、なんですか?)
 その奇妙な形は、美子に不安感を抱かせるに十分だった。さすがに舞を止めることはなかったが、Xカリバーに目を奪われ攻撃の手が止まってしまう。
 レディーXは手首の捻りで回転を付けながら、皿まわしの皿ようにXカリバーを宙へと投げ上げた。中心部の穴を人差し指と中指で受け止め、風車のように回し始める。
 ギュルルルルルル!!
 刃は風をきり、回転が上がるごとに不気味な音を立て始めた。
 皮肉にもその音が美子を常態に戻した。美子は自分自身に舌打ちしながら、改めて符を持ち直す。
「何をしようと無駄です。覚悟するです。」
 己を奮い立たすように相手を睨む美子。
「クスクス、その言葉、そっくりそのままお返しします。」
 不敵な笑みを返すレディーX。
 レディーXが二度の攻撃で一歩も動いていないことに、美子は気付いていなかった。


 美子は苛立っていた。既に十数枚の符を放っていたが、すべて空中で燃え尽きている。
「くすくす、Xカリバーを持つ私にとって、あなたの符など紙屑にすぎません。」
「うるさいです!!」
 口では不機嫌に受け答えしながらも、美子は己の戦いを冷静に分析していた。
 Xカリバーは美子が思った以上に厄介な代物だった。本来、符は術者の念で誘導されるため風の影響をまったく受けないはずなのだが、Xカリバーの刃が起こす風は符のことごとくを吹き飛ばしていた。美子にとって理解できない現象だったが、その原理を追求している暇はない。事実を事実として受け止め対策を練るほうが先だった。
(どうするですか?)
 美子は自問自答していた。遠距離戦がダメなら接近戦で符を貼るしかない。しかし、『無足』で近寄ろうにも回転する刃が虚を補うようにXの両手を行き来し、肝心のタイミングを掴めない。相手の雰囲気に飲まれないよう常に攻め続けてはいたが、実際追い込まれていたのは美子の方だった。このままではジリ貧になるのは火を見るよりも明らかだろう。
(ここは相手の攻撃を誘うのも一つの手かもしれないです。)
 守りに徹している相手に隙は望めない。押してだめなら引いてみるのもまたしかり。そう結論付けると、美子は攻撃の手を止めて相手の様子を窺った。
「手にした武器は扇風機ですか?避けるだけでは私は倒せないです。符が尽きるのを待つつもりなら無駄です。無限です。」
 胸の谷間に右手を忍ばせながら、美子はレディーXを挑発する。
「クスクス、Xカリバーは守りだけではありません。」
(掛かったです!!)
 期待通りの言葉に、美子は心の奥でニヤリと笑っていた
「それでは、攻撃を開始します。Xカリバー、シュート!!」
 美しいアンダースローのフォームから、凶暴な刃がXの白い手から放たれた。回転する凶器が美子に迫る。美子は焦ることなく半身になり、上体を反らせながらぎりぎりのところで刃を避けた。『無足』を可能とする美子にとって、その程度の回避は造作もないことだった。刃は弧を描いて戻ってきたが、背後からの攻撃もあっさりとかわす。
 帰ってきたXカリバーを手に取ろうとXが腕を伸ばした。その動作に美子はある確信を得る。
 レディーXの武器を投げてから再び受けるまでの動作には、大きな隙が存在した。敵を狙う、命中の確認、武器を受ける瞬間。この3点では武器を目で追うため、どうしても防御が手薄になるのだ。
(隙です。チャンスです。今しかないです。)
 初めての大きなチャンスに、美子は秘奥義の使用を決意した。
 舞と符の融合。那須流演舞術を継承してから、美子は効率の良い術の開発に腐心した。演舞術に符の使用を取り入れたのも、無手による力不足を符の威力で補おうとしてのことだった。試行錯誤を繰り返し、実戦で改良しながら、美子は秘奥義と呼べる術の開発に成功していた。
(切り札ですが、出し惜しみしている場合じゃないです。)
 攻撃がことごとくかわされている今、美子には秘奥義しか残されていなかった。
「一気にいくです。那須流演舞術秘奥義、『参大縛符』!!」
 Xカリバーを受ける瞬間を狙って、声と共に『無足』で間を詰める紅白の巫女。
「クスクス。」
 しかし、Xの青く輝く瞳がその動きを的確に捉えていたことに気付いてはいなかった。


 美子は背を向けてXの懐に飛び込むと、振り返りながら左腕で肘鉄を繰り出した。Xは僅かな身の捻りでそれをかわし、右手の人差し指で受けたばかりのXカリバーを美子に向かって再び放つ。美子は咄嗟に正座することで、回転する刃を頭上にやり過ごすと同時に、目の前にある太ももへ符を放とうとする。
「いい国作ろう鎌倉縛符!!」
 掛け声と共に符が巫女の指を離れた。符が白い肌に触れると思われたそのとき、目標を失い彼方に飛び去ったと思われたXカリバーが緩やかな弧を描きながら巫女の背に襲い掛かった。
 ブン!!
 正座という不自由な体勢から膝のバネだけを使って地上2メートルほど美子は飛び上がった。回転する刃をやり過ごすと、足が地に付くと同時に間合いを取り、舞いながら位置を変える。符はXカリバーの風圧で軌跡を変え、そのまま地面に張り付いた。
 Xカリバーは主の手に戻らず、背後の夜空へと姿を消している。
「くっ、一座ざわめく室町縛符。」
 再び無足で間合いを詰めると、Xの脇を通り抜け、すれ違いざまに2枚の符を放つ。それを予想したかのようにXカリバーがタイミングよく飛来し、2枚の符は上空に舞い上げられ、力無く地面へと落ちていった。
 幾分スピードの落ちたXカリバーに、レディーXが手を伸ばす。
「人群れ騒ぐ江戸縛符!!」
 武器を手にする瞬間を狙って、三度無足で今度は背後へと迫る巫女。両手にそれぞれ一枚ずつ符を持ち、左手の一枚を頭上に、右手の一枚を空手チョップの要領で解き放つ。二つの符は、手に戻ったXカリバーによってことごとく弾き飛ばされ、地面へと叩きつけられた。 
「クスクス、どんなに破壊力を秘めた符でも触れられなければ何事もないですね。」
 明らかな侮辱に美子の顔がこわばる。しかし、それもほんの一瞬。
「あまいです。大甘です。符は直接張るだけが能じゃないです。」
 そう言って、顔の前で五茫星を描き、カッと目を見開いた。
「自分の愚かさを後悔するです。体勢封間!!」
 言葉と共に地面に張り付いた5枚の符が輝き始める。符同士を結ぶように円が描かれ、それぞれの符を頂点とした五茫星が地面に浮かび上がった。光の図形は何度か明滅すると中心に立つレディーXもろとも円柱状の光を天空に立ち上らせる。
「符は直接張るだけが能じゃないです。こんなふうに『結界』を張ることもできるです。」
 符同士が互いに干渉し作り上げる『結界』。光の空間がレディーXを取り囲み、完全に動きを封じこんでいた。
「これで終わりじゃないです。まだまだいくです。」

 その言葉を裏付けるように、今度は美子の足元から光の線が走り始めた。『結界』を囲むように更に大きな円と五茫星が描かれていく。
「今描かれている円中五茫星は私の舞が描いた軌跡です。私は闇雲に舞を舞っていたわけじゃないです。『結界』の効果を高める『陣』を作っていたです。」
 舞の移動で特殊な図形を地面に描き、特殊な空間を発生させる『陣』。『陣』の中で『結界』が更に輝きを増していく。
「『結界』と『陣』、二つの効果で、この世に存在するものすべてが動きを封じられるです。」
 美子の言葉どおり、右手で回転していたXカリバーが宙に浮いたまま動きを止めていた。
「もう、あんたは終わりです。こうなっては喋ることもできないです。」
 強固な封印空間の中で、体を小刻みに震わすレディーX。驚きの表情を浮かべたまま、光の柱の中で身体を硬直させている。
「ふう。手強い相手でしたが、これで私の勝ちです。」
 秘奥義は完璧に決まっている。勝利が覆る要素はなにもない。美子は勝利を確信し、安堵のため息を漏らした。
 胸の谷間から新たな符を取り出すと、愚かな敗者へゆっくりと近づいていった。

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